凋落の先にある反復 — マイケル・ナイマンが「ピアノ・レッスン」以降も弾き続ける理由について
1993年以降のマイケル・ナイマンは「終わった作曲家」として処理されてきた。だがその反復的生産は、衰退ではなく、音楽が到達しうるある種の肯定についての実験だったのではないか。
ある種の芸術家にとって、最大の不幸とは傑作を書いてしまうことである。マイケル・ナイマンは1993年、ジェーン・カンピオンの『ピアノ・レッスン』のスコアによって、おそらく本人が望んだよりもはるかに広い聴衆を獲得した。サウンドトラックは世界中で300万枚以上を売り上げ、あのスコティッシュ・バラッド風の主題はショッピングモールの環境音楽にまで浸透し、ナイマンという名前はほとんど「あの映画の音楽の人」として固定された。そしてその瞬間から — つまりは成功の絶頂において — 彼は「終わった作曲家」としての長い余生を歩み始めることになる。批評の論理はいつも同じだ。頂点は特定され、それ以降のすべては下降として記述される。ナイマンの場合、この図式はとりわけ残酷に機能した。なぜなら彼の音楽は本質的に反復を構造原理とするものであり、「同じことをやっている」という批判は、ミニマリズムの美学そのものへの否定と容易に接続されるからである。だが私はここで、この「凋落以降」のナイマンにこそ、彼の音楽の本質的な価値があったのではないかという、おそらく少数派に属する見解を述べたいと思う。
まず事実を確認しておこう。『ピアノ・レッスン』以降のナイマンは、決して沈黙したわけではない。むしろその逆である。マイケル・ウィンターボトムとの協働による『ワンダーランド』(1999年)、『ひかりのまち』のスコア、ニール・ジョーダンの『ことの終わり』(1999年)、さらには数多くの弦楽四重奏曲、協奏曲、オペラ作品 — その生産量は『ピアノ・レッスン』以前のピーター・グリーナウェイとの黄金期と比較しても遜色がない。にもかかわらず、これらの作品が批評的な注目を集めることはほとんどなかった。理由は単純で、それらが「ナイマン的」であり続けたからだ。あの特徴的なアルペジオの連鎖、バロック音楽への執拗な参照、感情的であることを恥じないメロディの反復 — 批評家たちが期待したのは変化であり、革新であり、自己否定だった。しかしナイマンはそのいずれも提供しなかった。彼はただ、弾き続けた。
ここで私はニーチェの永劫回帰について触れざるを得ない — 触れざるを得ないが、しかしこの概念を安易にナイマンの反復に重ねることの危険性も承知している。永劫回帰とは周知のように、まったく同一の生が無限に繰り返されるという思考実験であり、その本質は倫理的な選別にある。「おまえはこの生を、もう一度、そしてさらに無数に繰り返すことを望むか」。これは選択の問題であって、惰性の問題ではない。ナイマンの反復がもし単なる惰性 — つまり成功した様式の機械的再生産 — であるならば、それは永劫回帰の肯定とは何の関係もない。だが私が『ピアノ・レッスン』以降の彼の仕事に聴き取るのは、まさにこの選択の意志 — 同じであることへの意識的な決断 — なのである。
たとえば2002年の弦楽四重奏曲第4番を聴いてみるがいい。そこにはグリーナウェイ時代の知的な遊戯性も、『ピアノ・レッスン』のロマンティックな昂揚もない。あるのは、ナイマン的な語彙 — 繰り返される和声進行、パーセルやモーツァルトの亡霊のような断片 — が、いかなる映像的文脈にも奉仕することなく、それ自体として提示されるという事態である。これを「進歩がない」と断じることは容易い。だがそのような判断は、芸術を進歩史観で測ることの暴力性を暴露しているにすぎない。われわれはいつから、作曲家に対して常に前作を超えることを要求するようになったのか。いつから反復は怠惰の同義語となり、変化は美徳の同義語となったのか。
ここで認めておくべきことがある。ナイマンの『ピアノ・レッスン』以降の作品には、確かに傑作と呼べるものは少ないかもしれない。だが「傑作」という概念そのものが、芸術を投資対象として扱う資本主義的な評価基準の産物ではないのか。ナイマンの後期作品群の真の価値は、個々の作品の卓越性にあるのではなく、その総体としての持続 — 市場の期待に応えることも、批評家の要求に屈することもなく、自らの音楽語法を通じて世界と関わり続けるという行為そのもの — にある。これはある意味で、現代の芸術家に対するもっとも過酷な要求に対する静かな抵抗である。なぜなら現代においては、変わらないことのほうが変わることよりもはるかに困難だからだ。SNSのアルゴリズムは常に新規性を要求し、批評メディアは「意外性」や「転換」を語りの軸に据え、聴衆は前作との差異の中にのみ意味を見出そうとする。こうした環境において、ナイマンが30年にわたって本質的に同じ音楽を書き続けてきたという事実は — それが意識的な選択である限りにおいて — 一種の英雄的行為ですらある。
もう一つ、見過ごされがちな論点がある。ナイマンはもともとミニマル・ミュージックの批評家として出発した人間であるということだ。彼は1974年に出版した『Experimental Music:Cage and Beyond』において、ケージ以降の実験音楽を体系的に論じた最初の英語圏の書き手の一人であった。つまり彼は、自分が何をしているかを十全に理解した上で、反復を選択しているのである。これは無知からの反復ではなく、知からの反復だ。実験音楽の歴史を誰よりも理解しながら、なおかつあのような — 批評的にはほとんど保守的とすら見なされうるような — 音楽を書き続けるということ。そこには、前衛の強迫観念に対する一つの明確な態度表明がある。前衛とは定義上、つねに「先へ」向かうことを要求する。だがナイマンは「先」へ向かうことを拒否し、いわば「ここ」に留まり続けることによって、前衛そのものの前提を問うているのだ。
『ピアノ・レッスン』以降のナイマンを擁護するということは、したがって、単に一人の作曲家の後期作品を再評価するということではない。それは、われわれが芸術に対して無意識に適用している進歩と衰退の物語 — すべての創作者はいずれ頂点に達し、その後は不可避的に下降するという神話 — を解体するということである。ナイマンの音楽は頂点を持たない。正確に言えば、彼のすべての作品が等しく頂点であり、等しく谷間である。それはフラットな地形であり、ドラマティックなナラティブを拒絶する地形である。そしてまさにその平坦さのなかにこそ — 壮大な上昇も悲劇的な下降もないその持続のなかにこそ — 音楽が達しうるある種の肯定が存在する。すべてが等しく繰り返され、そのどれもが最初の一回と同じ強度を持つこと。それは、聴くたびに「おまえはこの音楽を、もう一度、そしてさらに無数に聴くことを望むか」と問いかけてくる音楽だ。ナイマンの答えはつねに同じであり、その同一性のなかにこそ、彼の音楽の自由がある。