分子の帰還 — ホルムズ海峡と、起こらないことのなくなった戦争について

1991年、ある哲学者は湾岸戦争は起こらなかったと書いた。2026年、海峡に火がつき、ドバイのスーパーから米が消え、ブレント原油が126ドルに達したとき、その命題は静かに、しかし完膚なきまでに反転した。スクリーンの戦争が終わり、物質の戦争が帰ってきた。

遠藤道男執筆 遠藤道男
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1991年の冬、ジャン・ボードリヤールは三本の短い文章を発表し、湾岸戦争は起こらなかった、と書いた — 正確には、起こる前に起こらないことが決まっており、起こっている最中も起こっておらず、終わったあとにも起こったことにならなかった、と書いた。あれは戦争ではなく、戦争の表象が戦争そのものを呑み込んだ事件であった。スカッドミサイルの軌跡を映す緑色の暗視映像、ピンポイント爆撃という言葉、CNNの実況、瓦礫のうえで微笑むアメリカ兵 — それらの記号が現実の死を覆い隠したのではない。覆い隠すべき現実が、もはや記号の手前に存在しなかったのである。湾岸戦争は、戦争のシミュレーションが戦争の場所を占有した最初の事件であり、おそらく最後の純粋な事件であった。私たちはそれ以来、戦争を見るのではなく、戦争の番組を見ることに慣らされた。九・一一のあとも、イラクのあとも、シリアのあとも、ウクライナのあとさえも、画面の向こうで何かが起こっているということ自体が、何かが起こっていないことの確認作業として機能していた。爆撃の閃光が美しければ美しいほど、私たちは安心していた。それが私たちに届かないことの証明だったからだ。

ところが2026年2月28日の深夜2時、トランプがTruth Socialに8分間の動画を投稿し、ハメネイが翌朝には消え、ホルムズ海峡が三月初頭に閉鎖されたとき、この三十五年続いた契約が静かに破棄された。最初の数日、私たちはいつもの儀式を反復しようとした。空爆の映像、専門家のコメント、地図上の赤い矢印、五千以上の標的を六日で叩いたという国防総省の数字、113億ドルというコスト試算 — すべてが「戦争の番組」のために整えられたフォーマットに従っていた。だが何かが違っていた。違っていたのは、画面の外側だった。三月四日にイラン革命防衛隊が「海峡は閉じた」と宣言してから、世界中のスーパーマーケットの陳列棚が、テレビのニュースよりもはるかに饒舌に語りはじめたのである。ドバイの高級住宅街でレタスが消え、ドーハで卵の値段が三倍になり、クウェートでは政府が緊急輸入を空輸に切り替えた。湾岸協力会議諸国はカロリー摂取量の八割をホルムズに依存していた、という事実を、私たちはこの戦争が始まるまで知らなかった。彼らも知らなかったのかもしれない。砂漠の上に築かれたガラスの都市国家群が、結局のところ、一本の細い水路を通って毎日運ばれてくる小麦と米とトマトの上に浮かんでいたという、地理学的にあまりに当たり前の事実が、突然、形而上学的な暴露として戻ってきた。

ボードリヤールが正しかったのは、湾岸戦争についてだけである。彼の図式 — 現実が記号によって追放され、シミュラークルが場所を占有する、という図式 — は、その後の三十年間、ある特殊な歴史的条件のもとでのみ成立する例外であったことが、いま事後的に明らかになりつつある。その条件とは、安価なエネルギーが切れ目なく供給され、コンテナが定刻通りに港に着き、ホルムズ海峡を一日二千万バレルの原油が静かに通過していることであった。ハイパーリアリティとは、つまるところ、物質の従順さの上に咲いた花であった。物質が黙って従っているあいだ、私たちは記号と戯れることができた。湾岸戦争が「起こらなかった」のは、当時のサウジが代替パイプラインを準備しており、IEAの戦略備蓄が機能しており、原油価格が四十ドル台で安定していたからである。戦争はテレビの中だけで起こることが許され、ガソリンスタンドの値札は動かなかった。だから人々は戦争を見たのではなく、戦争を消費したのだ。

しかし2026年三月、ブレント原油が126ドルを記録し、四月一日にアメリカの平均ガソリン価格が一ガロン四ドルを突破し、QatarEnergyがLNG輸出に不可抗力条項を発動し、アジアのLNGスポット価格が140パーセント上昇したとき、消費者であった私たちは、突然、自分が消費しているのが映像ではなく分子であったことに気づかされた。シェルのCEOワエル・サワンが記者会見で、誰に向けたともしれない口調で「我々の顧客には電子と分子が必要なのだ」と語ったとき — おそらく彼は哲学を語ったつもりはなかったろうが — 戦後七十年の西側ハイパーリアリズムの墓碑銘が刻まれた。電子と分子。それ以外のものは、いかなる意味でも必要ではなかった。ホルムズという物理的に存在する海峡、そこを通過する物理的な液体炭化水素、それを精製する物理的な装置、それを燃やす物理的なエンジン — この退屈で、修辞を許さない、グラム単位で計量可能な世界が、画面の戦争の背後から、ゆっくりと、しかし容赦なく前景に出てきた。記号が物質を覆い隠していたのではなく、物質が記号を支えていた。支えるのをやめた瞬間、記号は崩れ落ちた。

トランプ自身が、自分のやっている戦争が何の戦争なのか、おそらく一度も理解していない。彼はそれを「イランの自由」のための戦争として動画で発表し、議会には事後通告で済ませ、Nobel賞をくれなかったノルウェーを罵り、開戦六週間後には海兵隊遠征部隊と地上戦の計画を国民に説明している。彼の頭の中で、この戦争はまだ三十年前のテンプレートで動いている — つまり、空爆し、独裁者を消し、勝利宣言をし、原油価格はすぐに正常化する、というスキームである。だが正常化するべき「正常」が、もはやどこにも存在しないことを彼は知らない。湾岸協力会議の経済モデルは崩壊しつつあり、ドバイから外国人居住者が大量に出国し、二十二万人のインド人がすでに本国に送還された。これは「単なる経済的副作用」ではない。これは戦争の本体である。そして本体が画面に映らないのは、それがあまりに退屈で、あまりに広域で、あまりに分子的だからだ。

ボードリヤールはおそらくこの光景を喜ばなかった。彼の理論的優美さは、ハイパーリアルの勝利を前提としていたからである。物質が戻ってくるなどという野暮な事態を、彼は予言しなかった。だがその不在を埋めるのは難しいことではない。ホルムズの一マイルの水路、126ドルの一バレル、一ガロン四ドルのレギュラー、ドバイのレタスの欠品、カタールが修復に三年から五年を要すると見積もっているLNG施設 — これらの数字を声に出して読み上げるだけで、戦争が起こらなかったという命題は、戦争はとうに起こってしまっており、私たちはその只中にいて、しかも誰一人としてその輪郭を把握できていない、という別の命題に置き換わる。私たちはふたたび、画面ではなく、ガソリンスタンドの値札を通して戦争を経験することになった。それはつまり、戦争を消費することができなくなった、ということでもある。消費されなかったものは、いずれ、なんらかの形で、消費した者たちのところへ請求書として戻ってくる。今回の請求書は、ドル建てではないかもしれない。